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2004.03.30

「坂の上の雲」

最近、ネタがあんまりないなぁ・・・、と。最近、ずっとサッカーばかりだったので他の話でも。

今、「坂の上の雲」を読んでます。司馬遼太郎は好きでしたが、歴史小説は読んでいませんでした。「街道を行く」の方が面白いので・・・。でも、「NHKでドラマ化される」と言うことで読んでます。しかも歴史小説を読むこと自体が久しぶりで、吉川英治「三国志」以来、10年ぶり・・・

「坂の上の雲」の内容は読む前から知っていました。明治時代を描いた歴史小説として秋山兄弟と正岡子規を主人公にした時点で司馬遼太郎の勝ち、の様な気がします。秋山兄弟はそれほど知られていないですからね。弟の真之は予知夢を見ていたらしいです。正岡子規はよく知られていますよね。野球殿堂入りもしています。

日露戦争は日本にとって絶対、避けて通れないものであり、負けた場合は日本国そのものが消滅しかねない。その時に活躍したのが秋山兄弟、大山巌、児玉源太郎と多くの戦士達。彼らの頑張り無くして日本はなかった、と思っています。乃木希典は何だったんでしょう・・・。「乃木を解任する」といった時、明治天皇は「乃木を変えるのは許さない。乃木を信じ、二〇三高地で死んでいった兵士に何と言えばいいのだ」と怒鳴ったらしいです。

戦争は日本海海戦で「T字戦法8段構え」という真之が編み出した戦術で勝利し、日本が主導権を持って講和に持ち込むことに成功しました。「8段構え」なので8回、攻撃する予定だったのですが、1回の攻撃で勝負が付いてしまいました。バルチック艦隊は喜望峰経由で日本海に現れますが、途中で寄港できずにいたため戦意喪失状態でとても戦える状態では無かったのかもしれません・・・

S・ルーズベルトの仲介でポーツマス講和条約を結びますが遼東半島の権益を得たが賠償金が無かった為に国内は大混乱。デモが発生し、日比谷公園焼き討ち事件も起きました。日本全権は小村寿太郎で「賠償金が無かった。これでは日本に帰れない」と言っていたそうです。小村が東京に着いたとき、民衆から守る為に立ち上がったのは、伊藤博文や山県有朋といった明治維新を経験した元老達でした。彼らは東京駅に出向き、小村を囲むようにして歩いていったと言います。帝国議会が始まってからと言うもの、明治維新を経験した彼らの言動には「なんだぁ・・・。あの頃のあなた達はなんだったんだよぅ・・・」という思いを私は日本史を勉強していて思っていました。が、小村を守る為に立ち上がった彼らは若かりし頃の彼らに戻っていたのかもしれません。「小村が悪いわけではない。小村を責めないでやってくれ」と。

まだ全部読んでいないので何とも言えませんが、「面白い」事だけは確かです。

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